2013年12月8日日曜日

手紙

かなえさん


ほんとうに。「クリスマスには、まだ早いよー」と思っていたけれど、もう師走だものね。
私は元気です。こちらこそ、素敵な思いつきをありがとう。

村上春樹さんの『村上ラジオ2 おおきなかぶ、むずかしいアボカド』を読んでいて、こんな文章がありました。
「エッセイはむずかしい」と題した中で、エッセイは「誰に向けてどういうスタンスで何を書けばいいのか、もうひとつつかみづらい」と。
確かに「誰に向けて」の部分って、エッセイはとてもぼんやりしている。大きなひとりごと、みたいなものかな。
でも、あえて「誰に向けて」を限定しないことで、思いもかけない人に伝わることがある。
それは、他者かもしれないし、未来の自分かもしれない。
そう考えるとエッセイは、誰に届くか、届いてからのお楽しみ、しかも時間を超えて届くこともある、手紙のようなものでもあるのかなと思いました。

往復書簡は、不思議な形態ですよね。
「誰に向けて」が明確でありつつ、限定もされていない。
どういうスタンスで書けばいいのか、私もまだ、もうひとつつかめてないところもあるけど、つかむ機会を持てたことはしあわせです。相手がいないとできないことだしね。
あらためて、こちらこそ、どうぞよろしく。


あかさたな、ほもよろを、と紅葉散りわたしの靴を明るく濡らす(東直子)

私はこの歌だなあ。
「あかさたな、ほもよろを」ってつぶやきながら歩いてる。あやしいかな。

こんなふうに短歌の話をするようになるとは、私も思ってなかったです。
高校時代は吹奏楽一色だったもんねえ。
私が短歌を好きになったきっかけは、実は、かなえさんなんだよ。
かなえさんがこんなにも夢中になるなんて、短歌ってどこがいいんだろう(失礼)と思って、ツイッターで短歌関連をフォローしていくうちに、短歌が目に入ることが多くなって、で、ある日突然、本当に突然、流れてくる短歌たちが生き生きと見え始めたんだよねえ。
あれは何だったんだろう。


■追伸
タイトルと説明は、良いと思います。(仮)はちょっと格好わるいので外しますね。
ええ、ゆるゆる決めていきましょう。


藤明日香

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