2015年1月30日金曜日

行ってみれば

かなえさん


うっかりしていたら、もう2015年になってしまいました。
今年もよろしくお願いいたします。
早いもので、往復書簡を始めてから一年経っているのですね。
去年の今頃は私が風邪をひいていました。お互い気をつけようね。


しづけさは斯くのごときか冬の夜のわれをめぐれる空気の音す (斎藤茂吉『白き山』)

先日、山形の斎藤茂吉記念館に行く機会がありました。
ほんとうに、静かだった。雪が音を吸い込んで。
茂吉の歌には最上川や蔵王山がよく登場するけど、行ってみるとその存在の大きさを否応なしに感じました。ふと横を見ればいつも蔵王があって、見られているというか、見守られているというか、昔から神聖な存在とされてきた理由が実感としてわかるというか。
行ってみなければわからないこと、というより、行ってみればすんなり腑に落ちること、というのは、やはりあるような気がします。


体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ (穂村弘『シンジケート』)

明日は雪の予報ですね。
ベタだけど、この歌を思い出します。

春になる前、会いたいです。「かもめブックス」というちいさな本屋さんはどうかな。


藤 明日香

2014年12月13日土曜日

きっと海に行くたびに

あすかさん

どんどん寒くなってきて、「真冬並みの寒さ」と天気予報でよく聞くようになりました。
いかがお過ごしですか。
わたしは風邪をひいてしまいポカリスエットばかり飲んでいる日々が続きました。今はわりと元気です。

わたしは果物のなかではりんごがいちばんすきです。
あの、とてもはずかしいのですが、わたしはものすごーーーく面倒くさがりで。
皮をむきながら食べる果物があんまりすきではありませんでした。
みかん(白いすじ?はぜんぶとって食べたい)、ぶどう(いちいち皮をむくのが大変)、グレープフルーツ、いよかんなども然り。
その点、りんごは一度皮をぜんぶ剥いてしまえば、あとは食べるだけ!というところに惹かれます。もちろん味も触感もすきなのですが。
ただ、そんなふうにして好き嫌いを決めていることに気づいたとき、
なんだかもったいないなあと思って。
グレープフルーツはぜんぶ剥いて砂糖漬けにして冷蔵庫に入れておけば食べたいときに食べられるし、みかんのきれいな剥き方も調べればすぐに出てくるし。
できないことがあっても、やりやすいように工夫して、
自分なりにたのしむことはできるじゃん!と思うようになりました。

もちろん、はじめからすきなものはすきとしていいんですが、
それ以外のものも、とりあえずやってみる、何か工夫すればたのしくなるなら、工夫したい。
すきなものが多いほうが、毎日たのしいような気がするからです。


詩歌は、意味も大事ですが、ことばひとつひとつが、あるべき場所に置かれているような、そんな気がします。

海に来れば海の向こうに恋人がいるようにみな海をみている (五島諭/『緑の祠』)

海に行ったとき、こんなふうに感じたことはないはずなのに、ああほんとうにそうだなあ、と思ってしまう。そして、そのあと海に行くことがあれば、こうやって海をながめてしまうのだろう、とも思う。



春になる前に、またお会いしましょう。一緒にちいさな本屋さんに行くのもたのしそうですね。

泉かなえ

2014年11月9日日曜日

梨をむく

かなえさん


秋が過ぎ、もう冬になりました。
なんだか季節が変わるごとに、かなえさんへ手紙を書いている気がします。



冬近し 朱色の月も浮かんでてほんとほんのり呆けていたい(東直子)

冬が来るちょっと前に、月蝕がありましたね。
出先から電車で帰ってきたら、駅で自転車にまたがったまま、振り返って空を見上げているひとがいました。
私はそのひとを見つめてしまって、月を見られなかったので、家のベランダから見るぞって急いで帰ったのです。
急いでバスに乗って、急いで坂をのぼって、急いで階段をあがって、ガチャガチャと鍵をあけて、ついにガラガラっとベランダに出たら。
曇っていて。
うーん。ちっとも見えない。
雲のむこうにきっとある、欠けていく朱色の月をぼんやりと思っていました。



街をゆき子供の傍を通る時蜜柑の香せり冬がまた来る(木下利玄)

実家ではなぜか、兄がみかん好きで、私がパイナップル好きということになっています。
実際そうなんだけど、ほかの果物もけっこう同じくらい好きです。梨とか。

むかれゆく梨を見つめてしばらくは静かになりし兄といもうと(水野昌雄)

この歌、最初は意味だけみて好きになったけど、音にすると、「し」が続いて、しゃりしゃりして、その後「と」が続いて、しとしと垂れている感じがして、それもまた良いです。
詩歌では、言葉に「意味の容れ物」以上の価値がとてもたくさん与えられている気がします。

かなえさんは、どんな果物が好きですか?
また、お会いしましょう。


藤 明日香

2014年9月12日金曜日

秋のにおいは

あすかさん

すっかりお返事が遅くなってしまい、ごめんなさい。
いつの間にか夏が終わり、秋になってきましたね。
暦の上で秋になるのは8月7日ごろ、立秋。そのころは、「秋なのは暦の上だけで、まだまだ暑いね」なんて友人と話していましたが、すっかり秋の風になったような気がします。

ここのところ、イベントで会う機会などもあってうれしいかぎり。
大阪短歌チョップもたのしかったですね。行けてよかった。なんだかずいぶん前のことように思えます。
「この歌集がすごい!2」、わたしも見ていました。
飴が配られたとき、うれしくて、隣にいた安福望さんと「これ食べていいのかな、いいのかな」と話していました。
ぜんぶ投票に使ってしまって、最終的に一個も飴が手元に残らなかったのですが。
いろんな方にお会いできて、たのしい会でした。

高校生のころ、プリクラを撮りましたね。
大人数で機械に入って、「みんなちゃんと顔出して-!」とか言って。
人数が多いから、いちばん小さなサイズを選んで、備えつけのハサミでぜんぶ切って。配るのも一苦労でしたね。ああ、なつかしい。


わたしが短歌をはじめたのは、中学生のときです。
国語の授業で短歌に出会って、国語便覧をながめたり、俵万智さんの歌集を読んだりしていました。
中学の国語の授業では、自主学習用のノートがあり、毎月5ページの自主学習をすることになっていました。漢字練習や読書記録、テスト勉強など、国語に関する自主学習なら何でもよいとされていました。
当時のわたしは、漢字練習をするのが嫌で、なんとかたのしくできないかと考えていたところに、ちょうど短歌がすべりこんできたような感じです。
はじめは、便覧や俵さんの歌集の歌を書き写して、3行くらいのコメントをつけていました。
そのうちに、自分でも作るようになって。中3のときがいちばんたくさん歌を作っていたかもしれません。短歌を作るたびに自主学習ノートに書きためては、先生に読んでもらっていました。
思い返せば、自分が書いたものを必ず読んでくれる読者がいる、それも信頼できる読者がいるということは、とてもしあわせなことだったな、と思います。
今見返すと、なんだこれ!どこにも発表できない!!というほどはずかしいのですが、当時の自分にとってはとても大切な時間がつまっているような気がします。


訳あって、ここ数日で俵万智さんの歌集を、三冊読みました。
サラダ記念日』、『かぜのてのひら』、『チョコレート革命』の三冊。
はじめて読んだときからほぼ十年経っていて、なつかしい気持ちもありつつ、新しい気持ちで読みました。

「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの(俵万智『サラダ記念日』)

この歌はいろんなところで取り上げられたと聞きますが、中学生のときは、あまりよくわからなかったというのが正直なところです。
今読むと、カンチューハイ二本がそんなに強くないお酒(だと一般に思われている)であることや、
そもそもカンチューハイを飲む関係性、つまりどちらかの家にいるのではないかと考えられること、
そういうことが少しずつ見えてきて、歌の世界がまた違ったものになってきます。
わからなかったことがわかるようになるから、たのしい。おもしろい。
そして、わからないことが決して無駄ではないとも思えるから、短歌や俳句を読んでいるのかもしれません。



また自分のことばかり書いてしまいました。
次はどこでお会いできるでしょうか。たのしみにしています。

かなえ

2014年7月22日火曜日

夏に入る

かなえさん


気がついたら梅雨が明けていました。
もうすっかり夏ですね。遅くなってごめんなさい。


濃密な飲み物として夏がくる(東直子)

森鴎外記念館での「短歌VS俳句」のあと、ゆっくりお話しできて楽しかったです。
たぶんそれもあって、往復書簡を書かないで満足してしまっていました。
最近、会う機会が多くてうれしいです。


夏になればとあなたは言った夏になればすべてがうまくいくかのように(木下龍也)

大阪短歌チョップでも会いましたね。
「この歌集がすごい!2」の時に、投票用のアメちゃんを渡されたのだけど、投票用だと知らずにありがたく食べてしまいました。パイン飴。ここだけの秘密ね。

右頬に飴寄せたまま夏に入る(長嶋有)


このあいだ実家の机の引き出しをなにげなく開けたら、高校生のころのプリクラが出てきました。
ちいさな缶に、ちいさな写真がたっくさん詰まっていて、思い出があふれてきました。
そこには、高校生のかなえさんもいたよ。

高校生から続けていること、何かあったかなと考えていると、やめてしまったことばかり浮かんできて。
吹奏楽は大学を卒業したらやめてしまったし、ピアノや書道や水泳もずっと前にやめてしまった。
代わりに、その空いたところに短歌が入ってきた感じかなあ。
そうそう、唯一、本を読むことは続けていたら仕事になっていました。

かなえさんは高校生のころから短歌を続けているのですか。
何か、きっかけがあったのですか。


藤 明日香

2014年6月7日土曜日

ながめていたい

あすかさん

明日から雨が続くのか、梅雨になる前に毛布を洗濯しておこうかな、と思ったのがつい数日前。
急に、梅雨入りのニュースが流れて、なんだかぽかんとしています。
晴れた日にピクニックに行こうよ、と友人と言い合っていたのですが、しばらくおあずけになりそうです。

あすかさんからの手紙(と言うのでしょうか。記事、と言うのは味気ないですね)を読んで、
ネモフィラのことを調べました。
写真を見たら、ほんとうに、どこまでも青くて、おどろきました。
あの景色を、あすかさんは実際に見たのですね。すごい。


そして、わからないものに興味があるということ、何となくわかります。
最近また写真展や美術館に行くようになって、
うまく言葉にできない気持ち、からだが喜んでいる感覚、を改めて感じています。
たとえわからなくても、すごい!かっこいい!よくわからない!という感覚を、ながめていたい、ながめ続けてみたいと思っているところです。


わたしは、思いたって手紙を書くことが多いです。
メールではなくて、ひとつずつ文字を紙に染みこませたいときに、手紙を書きます。
昔から手紙を書くのが大好きで、小学1年生のころから、もらった手紙はぜんぶ取ってあると思います。
中学生や高校生のころに、ルーズリーフに書いて渡した手紙たちも、捨てられなくて取ってあります。
自分がどんなことを書いたのかはもう覚えていないのですが、もらった手紙たちが入っている箱(お菓子の箱に入っています)を開けてみると、どうしようもなく懐かしくなって、紺色の制服を着ていたころのことをまざまざと思い出します。
夏服のときに着ていたベージュのベスト、
教室のストーブと膝かけの感じ、
自習室の机の広さ、
部室までの階段の踊り場から見える楽器。



毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである (枡野浩一)

高校生のとき、偶然手に取った本のなかでこの短歌を見つけました。
もう、自分のなかの何かが、ぶわっと広がって戻ってきたような気がしました。
わたしは特定の「あなた」からの手紙を待っていたわけではないのですが、
心のなかではどこかで待っていたのかもしれない、と思います。

この歌は、2013年春から高校の国語教科書(明治書院)に掲載されているそうです。
高校生が教科書でこの短歌と出会う瞬間に、立ち会ってみたいと思います。


あすかさんは、高校生のころから続けていること、ながめ続けていることはありますか。


泉かなえ

2014年5月8日木曜日

カンガルーと手紙

かなえさん


とにかくカンガルーを眺めているうちに、あなたに手紙を出したくなりました。
(村上春樹『中国行きのスロウ・ボート』、「カンガルー通信」より)


やあ、元気ですか?
と、これも村上さんの言葉ですが。
もうすっかり桜は散ってしまいましたね。新緑のまぶしい季節です。

GWはどうお過ごしでしたか。
私はカンガルーをみに……ではなく、ネモフィラをみにいきました。
ネモフィラというのは草本で、青い花をつけます。丘が一面、青い絨毯で、空との境目がなくなっているようにみえました。

それで、東京に帰ってくる電車の中で『中国行きのスロウ・ボート』を読んだのです。
2年前に読もうとしたときは、意味がよくわからなくて途中でやめてしまったのに、今はなぜだかとても魅力的に読みました。不思議ね。
最近ちょっと、わからないものに興味があります。
カンガルーを眺めているうちに手紙を出したくなるなんて、全然よくわからないけれど、カンガルーを眺めていて手紙を出したくなる心境を考えてみることに、すこし興味がある、というか。

そこで手始めに、手紙を出したくなるのはどういうときだろうと考えてみたのですが、考えているうちにこれを書き始めていて、結局よくわかりませんでした。
かなえさんは、どんなときに手紙を出したくなりますか。


雨の日の雨の色など書きよこす短き手紙にこころ揺れをり(大塚陽子)


藤 明日香