2014年12月13日土曜日

きっと海に行くたびに

あすかさん

どんどん寒くなってきて、「真冬並みの寒さ」と天気予報でよく聞くようになりました。
いかがお過ごしですか。
わたしは風邪をひいてしまいポカリスエットばかり飲んでいる日々が続きました。今はわりと元気です。

わたしは果物のなかではりんごがいちばんすきです。
あの、とてもはずかしいのですが、わたしはものすごーーーく面倒くさがりで。
皮をむきながら食べる果物があんまりすきではありませんでした。
みかん(白いすじ?はぜんぶとって食べたい)、ぶどう(いちいち皮をむくのが大変)、グレープフルーツ、いよかんなども然り。
その点、りんごは一度皮をぜんぶ剥いてしまえば、あとは食べるだけ!というところに惹かれます。もちろん味も触感もすきなのですが。
ただ、そんなふうにして好き嫌いを決めていることに気づいたとき、
なんだかもったいないなあと思って。
グレープフルーツはぜんぶ剥いて砂糖漬けにして冷蔵庫に入れておけば食べたいときに食べられるし、みかんのきれいな剥き方も調べればすぐに出てくるし。
できないことがあっても、やりやすいように工夫して、
自分なりにたのしむことはできるじゃん!と思うようになりました。

もちろん、はじめからすきなものはすきとしていいんですが、
それ以外のものも、とりあえずやってみる、何か工夫すればたのしくなるなら、工夫したい。
すきなものが多いほうが、毎日たのしいような気がするからです。


詩歌は、意味も大事ですが、ことばひとつひとつが、あるべき場所に置かれているような、そんな気がします。

海に来れば海の向こうに恋人がいるようにみな海をみている (五島諭/『緑の祠』)

海に行ったとき、こんなふうに感じたことはないはずなのに、ああほんとうにそうだなあ、と思ってしまう。そして、そのあと海に行くことがあれば、こうやって海をながめてしまうのだろう、とも思う。



春になる前に、またお会いしましょう。一緒にちいさな本屋さんに行くのもたのしそうですね。

泉かなえ

2014年11月9日日曜日

梨をむく

かなえさん


秋が過ぎ、もう冬になりました。
なんだか季節が変わるごとに、かなえさんへ手紙を書いている気がします。



冬近し 朱色の月も浮かんでてほんとほんのり呆けていたい(東直子)

冬が来るちょっと前に、月蝕がありましたね。
出先から電車で帰ってきたら、駅で自転車にまたがったまま、振り返って空を見上げているひとがいました。
私はそのひとを見つめてしまって、月を見られなかったので、家のベランダから見るぞって急いで帰ったのです。
急いでバスに乗って、急いで坂をのぼって、急いで階段をあがって、ガチャガチャと鍵をあけて、ついにガラガラっとベランダに出たら。
曇っていて。
うーん。ちっとも見えない。
雲のむこうにきっとある、欠けていく朱色の月をぼんやりと思っていました。



街をゆき子供の傍を通る時蜜柑の香せり冬がまた来る(木下利玄)

実家ではなぜか、兄がみかん好きで、私がパイナップル好きということになっています。
実際そうなんだけど、ほかの果物もけっこう同じくらい好きです。梨とか。

むかれゆく梨を見つめてしばらくは静かになりし兄といもうと(水野昌雄)

この歌、最初は意味だけみて好きになったけど、音にすると、「し」が続いて、しゃりしゃりして、その後「と」が続いて、しとしと垂れている感じがして、それもまた良いです。
詩歌では、言葉に「意味の容れ物」以上の価値がとてもたくさん与えられている気がします。

かなえさんは、どんな果物が好きですか?
また、お会いしましょう。


藤 明日香

2014年9月12日金曜日

秋のにおいは

あすかさん

すっかりお返事が遅くなってしまい、ごめんなさい。
いつの間にか夏が終わり、秋になってきましたね。
暦の上で秋になるのは8月7日ごろ、立秋。そのころは、「秋なのは暦の上だけで、まだまだ暑いね」なんて友人と話していましたが、すっかり秋の風になったような気がします。

ここのところ、イベントで会う機会などもあってうれしいかぎり。
大阪短歌チョップもたのしかったですね。行けてよかった。なんだかずいぶん前のことように思えます。
「この歌集がすごい!2」、わたしも見ていました。
飴が配られたとき、うれしくて、隣にいた安福望さんと「これ食べていいのかな、いいのかな」と話していました。
ぜんぶ投票に使ってしまって、最終的に一個も飴が手元に残らなかったのですが。
いろんな方にお会いできて、たのしい会でした。

高校生のころ、プリクラを撮りましたね。
大人数で機械に入って、「みんなちゃんと顔出して-!」とか言って。
人数が多いから、いちばん小さなサイズを選んで、備えつけのハサミでぜんぶ切って。配るのも一苦労でしたね。ああ、なつかしい。


わたしが短歌をはじめたのは、中学生のときです。
国語の授業で短歌に出会って、国語便覧をながめたり、俵万智さんの歌集を読んだりしていました。
中学の国語の授業では、自主学習用のノートがあり、毎月5ページの自主学習をすることになっていました。漢字練習や読書記録、テスト勉強など、国語に関する自主学習なら何でもよいとされていました。
当時のわたしは、漢字練習をするのが嫌で、なんとかたのしくできないかと考えていたところに、ちょうど短歌がすべりこんできたような感じです。
はじめは、便覧や俵さんの歌集の歌を書き写して、3行くらいのコメントをつけていました。
そのうちに、自分でも作るようになって。中3のときがいちばんたくさん歌を作っていたかもしれません。短歌を作るたびに自主学習ノートに書きためては、先生に読んでもらっていました。
思い返せば、自分が書いたものを必ず読んでくれる読者がいる、それも信頼できる読者がいるということは、とてもしあわせなことだったな、と思います。
今見返すと、なんだこれ!どこにも発表できない!!というほどはずかしいのですが、当時の自分にとってはとても大切な時間がつまっているような気がします。


訳あって、ここ数日で俵万智さんの歌集を、三冊読みました。
サラダ記念日』、『かぜのてのひら』、『チョコレート革命』の三冊。
はじめて読んだときからほぼ十年経っていて、なつかしい気持ちもありつつ、新しい気持ちで読みました。

「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの(俵万智『サラダ記念日』)

この歌はいろんなところで取り上げられたと聞きますが、中学生のときは、あまりよくわからなかったというのが正直なところです。
今読むと、カンチューハイ二本がそんなに強くないお酒(だと一般に思われている)であることや、
そもそもカンチューハイを飲む関係性、つまりどちらかの家にいるのではないかと考えられること、
そういうことが少しずつ見えてきて、歌の世界がまた違ったものになってきます。
わからなかったことがわかるようになるから、たのしい。おもしろい。
そして、わからないことが決して無駄ではないとも思えるから、短歌や俳句を読んでいるのかもしれません。



また自分のことばかり書いてしまいました。
次はどこでお会いできるでしょうか。たのしみにしています。

かなえ

2014年7月22日火曜日

夏に入る

かなえさん


気がついたら梅雨が明けていました。
もうすっかり夏ですね。遅くなってごめんなさい。


濃密な飲み物として夏がくる(東直子)

森鴎外記念館での「短歌VS俳句」のあと、ゆっくりお話しできて楽しかったです。
たぶんそれもあって、往復書簡を書かないで満足してしまっていました。
最近、会う機会が多くてうれしいです。


夏になればとあなたは言った夏になればすべてがうまくいくかのように(木下龍也)

大阪短歌チョップでも会いましたね。
「この歌集がすごい!2」の時に、投票用のアメちゃんを渡されたのだけど、投票用だと知らずにありがたく食べてしまいました。パイン飴。ここだけの秘密ね。

右頬に飴寄せたまま夏に入る(長嶋有)


このあいだ実家の机の引き出しをなにげなく開けたら、高校生のころのプリクラが出てきました。
ちいさな缶に、ちいさな写真がたっくさん詰まっていて、思い出があふれてきました。
そこには、高校生のかなえさんもいたよ。

高校生から続けていること、何かあったかなと考えていると、やめてしまったことばかり浮かんできて。
吹奏楽は大学を卒業したらやめてしまったし、ピアノや書道や水泳もずっと前にやめてしまった。
代わりに、その空いたところに短歌が入ってきた感じかなあ。
そうそう、唯一、本を読むことは続けていたら仕事になっていました。

かなえさんは高校生のころから短歌を続けているのですか。
何か、きっかけがあったのですか。


藤 明日香

2014年6月7日土曜日

ながめていたい

あすかさん

明日から雨が続くのか、梅雨になる前に毛布を洗濯しておこうかな、と思ったのがつい数日前。
急に、梅雨入りのニュースが流れて、なんだかぽかんとしています。
晴れた日にピクニックに行こうよ、と友人と言い合っていたのですが、しばらくおあずけになりそうです。

あすかさんからの手紙(と言うのでしょうか。記事、と言うのは味気ないですね)を読んで、
ネモフィラのことを調べました。
写真を見たら、ほんとうに、どこまでも青くて、おどろきました。
あの景色を、あすかさんは実際に見たのですね。すごい。


そして、わからないものに興味があるということ、何となくわかります。
最近また写真展や美術館に行くようになって、
うまく言葉にできない気持ち、からだが喜んでいる感覚、を改めて感じています。
たとえわからなくても、すごい!かっこいい!よくわからない!という感覚を、ながめていたい、ながめ続けてみたいと思っているところです。


わたしは、思いたって手紙を書くことが多いです。
メールではなくて、ひとつずつ文字を紙に染みこませたいときに、手紙を書きます。
昔から手紙を書くのが大好きで、小学1年生のころから、もらった手紙はぜんぶ取ってあると思います。
中学生や高校生のころに、ルーズリーフに書いて渡した手紙たちも、捨てられなくて取ってあります。
自分がどんなことを書いたのかはもう覚えていないのですが、もらった手紙たちが入っている箱(お菓子の箱に入っています)を開けてみると、どうしようもなく懐かしくなって、紺色の制服を着ていたころのことをまざまざと思い出します。
夏服のときに着ていたベージュのベスト、
教室のストーブと膝かけの感じ、
自習室の机の広さ、
部室までの階段の踊り場から見える楽器。



毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである (枡野浩一)

高校生のとき、偶然手に取った本のなかでこの短歌を見つけました。
もう、自分のなかの何かが、ぶわっと広がって戻ってきたような気がしました。
わたしは特定の「あなた」からの手紙を待っていたわけではないのですが、
心のなかではどこかで待っていたのかもしれない、と思います。

この歌は、2013年春から高校の国語教科書(明治書院)に掲載されているそうです。
高校生が教科書でこの短歌と出会う瞬間に、立ち会ってみたいと思います。


あすかさんは、高校生のころから続けていること、ながめ続けていることはありますか。


泉かなえ

2014年5月8日木曜日

カンガルーと手紙

かなえさん


とにかくカンガルーを眺めているうちに、あなたに手紙を出したくなりました。
(村上春樹『中国行きのスロウ・ボート』、「カンガルー通信」より)


やあ、元気ですか?
と、これも村上さんの言葉ですが。
もうすっかり桜は散ってしまいましたね。新緑のまぶしい季節です。

GWはどうお過ごしでしたか。
私はカンガルーをみに……ではなく、ネモフィラをみにいきました。
ネモフィラというのは草本で、青い花をつけます。丘が一面、青い絨毯で、空との境目がなくなっているようにみえました。

それで、東京に帰ってくる電車の中で『中国行きのスロウ・ボート』を読んだのです。
2年前に読もうとしたときは、意味がよくわからなくて途中でやめてしまったのに、今はなぜだかとても魅力的に読みました。不思議ね。
最近ちょっと、わからないものに興味があります。
カンガルーを眺めているうちに手紙を出したくなるなんて、全然よくわからないけれど、カンガルーを眺めていて手紙を出したくなる心境を考えてみることに、すこし興味がある、というか。

そこで手始めに、手紙を出したくなるのはどういうときだろうと考えてみたのですが、考えているうちにこれを書き始めていて、結局よくわかりませんでした。
かなえさんは、どんなときに手紙を出したくなりますか。


雨の日の雨の色など書きよこす短き手紙にこころ揺れをり(大塚陽子)


藤 明日香

2014年4月15日火曜日

だって春だから

あすかさん

先日はお会いできてうれしかったです。久しぶりに会えた人もいて、高校生に戻ったみたいでした。
最近はいかがお過ごしですか。
わたしは桜の写真ばかり撮っています。
→ Instagram@kanae_iz

今年はゆっくりお花見ができず、すこしさびしかったです。
ソメイヨシノの時期に間に合わなかったので、今年は枝垂れ桜や八重桜をよく見ています。
調べてみたら、最近よくみる花が「関山」という八重桜だとわかりました。
ぶわっとした花が青空の下で咲いているのを見て、ぐんぐん元気をもらっています。


春はすぐそこだけどパスワードが違う (福田若之「302号室」/『俳コレ』)

春になると思い出す句です。
季節が春だということと、パスワードのことは何ら関係がないように思うのですが、
でもなんだか、この感じ、わかる。
何かが微妙に違っていて、うまくチューニングが合わない。
過去の自分が決めたことのはずなのに、過去の自分はやってきたことのはずなのに、うまくできない。
春のすぐ手前の季節には、そんなふうに感じます。


わたしは何かあると、すぐ季節のせいにしてしまいます。
「ぜんぶ秋のせい」「だって春だから」って。

心がきゅーっとなってしまうとき、わたしはもぞもぞ手を動かします。
編み物をしたり、俳句の視写をしたり、写真の整理をしたり。
最近は刺繍をはじめました。一針ずつ刺していくのがたのしいです。
今の気持ちのリズムに合っているのかもしれません。
不安になっているときは、頭でっかちになっていることが多いので、
進度が目に見えるものをとりあえずやってみる、というふうにしています。

つらいことや悩んでいることがあったとき、友だちに会うとすごく元気になりますよね。
くだらない話ができる友だちが周りにいることに、すごく感謝しています。
大切な人とおいしいものを食べるのは、しあわせな時間です。

今度はぜひ、ゆっくりお会いしましょう。


泉かなえ

2014年4月6日日曜日

さくら

かなえさん


年度末でばたばたしているうちに、桜満開の季節です。もう、春ですね。

それぞれの道を選び ふたりは春を終えた
咲き誇る未来は あたしを焦らせて
小田急線の窓に 今年も サクラが映る
(いきものがかり「SAKURA」より)

私は毎年、この歌詞を思い出します。
この時期は、電車に乗って席が空いていても、窓の外の桜が見たくて立っています。
そして「小田急線の窓に 今年も サクラが映る」を口ずさむ。(声に出さずに)
同じように窓の外の桜に釘付けになっている人がいて、日本人は本当に桜が好きだなあと思いながら、私も釘付けになります。



地下鉄の窓に貼り付くひとひらの桜のように春とはぐれたり(佐藤りえ)

きゅーっとなる感じ、わかる。
はぐれる時の感じに似てる。心細い、というか。
前を向いてがんばろうとしているからこその心細さ、というか。
心がきゅーっと細くなる、というか。

そんな時、かなえさんはどうしていますか。

私はおやつを食べます。
桜あんぱんとかいいですね。おへその桜の塩漬けのところが好きです。
友達にもらったクッキーなんか食べると、元気が出ます。一緒に食べれば、もっと元気が出ます。
まったく、花より団子だね。


藤 明日香

2014年3月13日木曜日

冬から春へ

あすかさん

こんばんは。
今夜は風がつよいですね。時間が経つにつれて、びゅんびゅんと風の音がつよくなっていきます。
わたしはこの冬、体調をくずさず何とかやっています。
昨年の1月、ノロウイルスとインフルエンザの両方にかかってしまい、とてもつらかったので、今年はがんばりました。
というか、自分をだいぶ甘やかして過ごしていました。
あすかさんは、もう体調はだいじょうぶですか?

わたしは夏と冬なら冬のほうがすきです。
大きいストールをぐるぐる巻きにして首のあたりをあたたかくすることとか、
居酒屋から出て「さっみー!」って言い合いながら白い息をはくこととか。
なんだか、冬のほうが、手ざわりを大事にできる気がするんです。
編み物も、白湯も、鍋も、湯たんぽも、すきです。


コンビニのおでんが好きで星きれい (神野紗希)

冬の夜道を歩いていると、この句を思い出します。
コンビニのおでんが好きだ、という気持ちも、
星がきれい、という気持ちも、
同じ重さで「ここ」にあるのだと思うのです。
誰かを大切だ、と思う気持ちも。




春が近づくこの時期、サカナクションの「なんてったって春」という曲を繰り返し聴いています。

南南西から鳴く風
なぜか流れた涙
なんてったって春だ
(サカナクション「なんてったって春」より)


なんだろうな、この感覚、でも知っている、という感じ。
春はすきだけど、前を向いてがんばろうという気持ちになるけれど、だけど。
センチメンタルと言うとおおざっぱすぎるけれど、胸がきゅーっとくるしくなることがある。
冬に感じるさびしさとは別の手ざわりの。
そんなことを考えながら聴いています。

あすかさんは、この時期に聴きたくなる曲はありますか。

もうすぐ、春ですね。


泉かなえ


2014年2月26日水曜日

踏みしめる

かなえさん


こちらも、返事が遅くなりました。元気ですか?
私は何年かぶりに39度の熱を出しました。ずっと元気でやってきたので、熱を出すのがこんなにツラいことだったとは忘れていました。
ちょうど実家にいるタイミングだったので、運が良かったです。
かなえさんも気を付けてね。

そうそう、北海道に行ってきました。
行きの飛行機に乗る日、こっちは雪が降っていて、着いたら札幌は快晴で、日差しがあったかくて、なんだか不思議だったなあ。
でもやっぱり、雪の積もっている量が違ったね。それから、歩く音。
東京の雪はざくざくだったけど、北海道の雪はギュウギュウ踏みしめる音がしました。
白浜の海岸を歩いた時も、そんなような音がしたなあと思ったよ。


こころはじゆう 冬が終わるということをはてしないほど考えてみる(東直子)

東京に戻ってきても、雪がまだたくさん残っていてびっくりしました。
でも今日なんか春みたいに暖かかったですね。
花粉も飛び始めたりして。冬が終わるんだなあ、と思います。
私も冬がすき。
街が綺麗にみえるから。
あと、さむいさむいって言いながら、温かいものを飲んだり、鍋を囲んだり、炬燵にはいったり、ストーブにあたったりするのが、好きです。
かなえさんの理由も、よかったら聞かせてください。


藤 明日香

2014年2月10日月曜日

ゆきがふる

あすかさん

こんばんは。すっかりお返事が遅くなってしまいました。
週末は、びっくりするくらいの大雪でしたね。
レインブーツ(と呼んでいますがほぼ長靴)を履いて、雪のなかを歩きました。
わたしは道を歩く音がすきです。
「ハウルの動く城」の石畳を歩く音は、わざわざ海外に行って、歩く音を録音してきたのだと以前テレビで見ました。すごい。石畳の音もだいすきです。
特にはじめての場所を歩くときは、音楽を聞かずに足音を聞いていることが多いです。
雪のなかを歩くと、ざくざくと音がしました。



日本の中でたのしく暮らす 道ばたでぐちゃぐちゃの雪に手をさし入れる
(永井祐/『日本の中でたのしく暮らす』)

今日は、この歌を思い出しました。
イメージの中の雪はいつもきれいなので、雪は溶けてどろどろになることは、今日まですっかり忘れていました。
誰も歩いていない、まっさらな雪もすきですが、
道ばたのぐちゃぐちゃの雪にもなんだかこころ惹かれてしまい、つい長靴のつま先を雪の中に入れてしまいました。


小さいころに実家の庭で雪だるまを作ったとき、
「ひとりで作ってすごいね」ってお母さんはほめてくれて写真まで撮ってくれたけれど、
土が混じってしまってあんまりきれいにできなくて、かなしかったことを思い出しました。



まだまだ雪がたくさん残っているのに、少しずつ、日差しは春に近づいている気がします。
もうすこし、ニット帽のぬくぬく感にひたっていたい。
わたしは夏と冬なら、だんぜん冬がすきです。
あすかさんは、どちらがすきですか。

2014年1月21日火曜日

絵画

かなえさん


昨日といひ今日と暮らしてあすか川流れて早き月日なりけり(春道列樹)

本当に、毎日があっという間ですね。
このあいだ年が明けたばかりだと思っていたのに、もう1月も後半です。
お正月ということで百人一首に触れて、その繫がりで古今和歌集を読んだのだけど、上の歌は、そこにあった歌です。自分の名前が詠み込まれていたので、覚えていました。
小さい頃は、もう少しかわいい名前がよかったなーと思ったりもしたけれど、今はとても気に入っています。
こうやって、ずーっと昔の言葉の中に見つけるのも嬉しい。

名前といえば。

みかの原わきて流るるいづみ川いつみきとてか恋しかるらむ(中納言兼助)

これは、百人一首から。
「泉」や「いづみ」の登場するものの中でも、特に綺麗だなと思います。
内容どうこうというより、清らかな響きが。
こんこんと湧く澄んだ水の中で、カーン、カーンと響き合っている感じ。


短歌は、文章というよりも、絵画に近いのではと思います。
風景を切りとった絵もあれば、観た人に印象をもたらす絵もある。
そういう、風景画とか印象画とかにあたるものが、短歌にもある気がします。

今度ゆっくり話したいですね。
こちらこそ、今年もよろしく。


藤 明日香

2014年1月11日土曜日

冬晴れ

あすかさん

新年も、10日が過ぎましたね。
あっという間、としか言いようがありません。いつから、毎日があっという間だと感じるようになるのでしょう。
小学生のころは一日がとても長かった気がします。


大晦日の紅白短歌合戦、たのしかったですね。
紅白短歌合戦13 http://togetter.com/li/610018

2013年の短歌がぐっとたくさん読めること、紅白レジェンド、紅白短歌合戦ならではのコラボなど、見どころたくさんでした。

お気に入りの歌はいくつもあるのですが、今回はこれを。

ああひとはとぎれとぎれにやさしいね四つに分かれた心臓もって (太田ユリ/紅白短歌合戦)

「とぎれとぎれにやさしい」ということが、むしろ本当のことなのだと思わずにはいられない。だって、心臓は四つに分かれている。
「やさしさ」は、ある程度求められているもので、やさしいことに価値が見出されている。けれど。でも。
ずーーーっとやさしくいることなんてできるのかな、って思う自分もいる。
誰かに対して、いつもやさしい、ずーっとやさしい、と思うことは、恐怖でもあると思っている。
そんなのこわい。いつでもやさしいなんて、こわい。人間じゃないみたい。

とぎれとぎれにやさしい、という認識のやさしさ。



それから、とぎれとぎれ、といえばこの歌を思い出します。

路地裏でわたがし味のきみの指ふくめばとぎれとぎれのひかり (木下龍也)

夏にTwitterで見かけた歌なのですが。
もう、もう。
どこがどうとか、うまく説明できないのですが、ぐっとつかまれる。
やわらかいところを、つかんで離さない。
かと思えば、すっと手放される。何もしていないけどどうしたの?という目で見られる。
という感じです。歌の内容というよりは、歌そのものの印象。


ひとつの歌が、べつの歌を呼び起こしてくることがあります。


今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。
ゆっくりお話する機会があるといいですね。